「よぉ!久しぶり」
ガッ
聞きなれた声の主が、後ろから僕の首に腕をかけてきた。
同級生の春日太一だ。
「てか、マジで久しぶりじゃね?」
「てか、授業全然きてなかったでしょ」
「頼むから留年するなよな」
「いやいや、そうなんだよ」
「しばらく忙しくてさ・・・」
「どうせ、女だろ?」
「しょーがねーな」
「悪りぃ!いつものように頼むわ!」
太一は僕とはまったく違う人種。
クラスの中でいえば、要するにイケてるグループの人間だ。
20年間童貞を守り続けてるどころか、女の子とロクに話もした事のない僕と違い、太一はなぜかモテる。
そりゃ、顔もイケメンと言えなくはない。
が、そこまででもない。
なのになぜかモテる。
会うたびに違う女の子を連れていたりもする。
大学にあまり来ていない時は、大抵どこかの女にハマっている時期だったりするので、テストの情報などを共有するのが僕の役目だ。
本来は、住む世界の違う人間であり、こんなに親しげに話をすることなどありえないのだが、これまたなぜだか太一とは気が合う。
最初のきっかけは大学に入学したての頃。
パソコンを使う授業でたまたま隣に座り、操作を手間取っていた太一を助けてあげたのが始まりだ。
女を取っ替え引っ変えして、軽薄の化身のような太一ではあるが、こう見えて義理堅いところがある。
イケてるグループにいながら、イケてない人間である僕の事を、それ以来やたらと気にかけてくれるのだ。
さらに意外な事に、太一はかなり漫画好きでもある。
僕のもっている漫画を貸したりしているうちに親近感を覚え、人種の壁を超えて気兼ねなく話ができようになっていったのだ。
「ところで彼女のひとりでもできたかよ?」
「先月のクリスマスどうしてたよ」
「いや、なんにもしてないよ」
クリスマスは何もしていない。
いや、厳密に言うとナニをしていた。
相変わらずとなりの部屋から聞こえてくる、樋口さんのオナニーの声をオカズにナニをしていた。
クリスマスにも部屋でオナニーをする樋口さん。
つまり彼氏はいないという事を知って、テンションが上がった記憶がある。
僕なんかが、何かできるわけではないのだが・・・
「うーん、いかんなキミぃ・・・」
「俺が女紹介してやるよ!」
「さっさと童貞奪われちまえ!」
「いや、いーって・・・」
その時、太一の視線が僕から、僕の後ろの方へと外れる。
「おーい!ミキティ!」
「あ、春日くん!」
「久しぶりだね。学校全然来てなかったでしょ(笑)」
僕は振り向いて、声の主を確認して心臓が止まるかと思った。
声の主は樋口さんだったのだ。
声の聞き覚えはもちろんある。
しかし、樋口さんとの普通の会話は、先月のプリントの受け渡し事件以来まったくない。
毎晩聞いているのは、オナニーの声だ。
樋口さんのオナニーの声は、今聞いた声とはトーンがまったく別物であり、一瞬気付かなかった。
30秒ほどだろうか?
樋口さんと太一の会話が始まり、僕は取り残された。
こういう時、どうしていいかわからない。
「あ、こんにちは!」
「え?何?知り合い?」
樋口さんが僕の存在に気づく。
実はこの3人が共通の知り合いだったとは、樋口さんも知らなかったようだ。
「うん、この間プリントもらったの」
「助かりましたよ~ありがとうございました」
「ミキティも助けてもらってたんだ~」
「俺も今から助けてもらうとこ(笑)」
僕もこの3人が共通の知り合いだという事は知らなかったが、驚きはなかった。
太一が学部の女子の事を網羅していても、何ら不思議はないからだ。
その後はまた樋口さんと太一の話題で、二人が盛り上がり始める。
僕は取り残され勝ちだが、太一は気を使って僕にも話題をふってくれる。
しかし、そこで変に緊張してしまって、会話に乗り切れないのが僕の悪いところだ。
「じゃ、そういう事でさ」
「また後で連絡するわ!」
15分ほどで会話は終了し、その場は3人とも解散。
しかし、別れてすぐに太一からLINEが飛んでくる。
(ミキティと知り合いだったとはな!!)
(惚れた?)
(いや、ないっすわ)
(今晩ミキティをオカズにシコるなよ)
(ヤメロ笑)
僕は樋口さんへの想いをぼやかした。
太一のように、女子とスムーズにじゃべれたらどんなにいいだろう。
あまりにも女子に免疫がなく、思ったようにしゃべれない。
しかもオナニーを盗み聞きしてる最低野郎だ。
こんな僕が、そもそも女子の事を好きだとは笑われそうで、太一にも言えなかったのだ。
ピンポーン
その日の晩。
8時頃に家のチャイムが鳴る。
「うぃーっす!」
「飲もうぜ!」
現れたのは大量のビールを買い込んできた太一だった。
「なんだよ、連絡しろよ」
「まあまあ、いいではないか」
以前はこういう事もよくあったが、太一と飲むのは久しぶりだ。
こうやって部屋で飲みながら、夜通し漫画の話をしたり、太一の女の話を聞いたりしたものだ。
こういう時はアポなしでやってくる事も多い。
「あがれよ」
太一を部屋にあげる瞬間、僕は気づいてなかった。
この時、気づいていたらなんとかできてたかもしれない。
「カンパーイ」
ビールを一口飲んだ後、僕はその事に気づいてしまった。
そう・・・
あと1時間もしない内に、となりの部屋に樋口さんが帰ってくる事を。
そしておそらく、オナニーを初めてしまう事を。
樋口さんのオナニーの声を太一に聞かれてしまうであろう事を。
===続く===